見る者をして圧倒せしめる仁王立ちのスルメイカ。なんだか妙にリアルでもあり、しばし見とれずにはいられない迫力があります。この像が立っているのは韓国の東海岸。江原道(カンウォンド)の江陵(カンヌン)に位置する、注文津(チュムンジン)という漁港です。この港はスルメイカの名産地として知られるほか、さまざまな海産物が水揚げされることから、「注文を受けて運び出す港」という意味で注文津と呼ばれるようになりました。 韓国語では飲食店で、「チュムンニョ〜(注文お願いしま〜す)」という表現をよく使います。日本語では「注文(ちゅうもん)」と、韓国語だと「注文(チュムン)」。漢字語は日本語と韓国語で共通するものが多く、発音のよく似たものがたくさんあります。ちなみに「市場」は韓国語で「シジャン」。「いちば」から連想すると遠いですが、「しじょう」と読めば、非常によく似ているのがわかるかと思います。写真は注文津港に隣接する魚市場です。 足を運んだのは3月でしたが、すでにスルメイカが出ていました。本来は初夏から秋にかけてが旬なので、まだ出始めの段階ですね。夏に向けて大きくなっていくため、3月だとサイズはまだまだ小さいですが、店の方によれば「小さくてもそのぶん柔らかいから、これはこれで美味しいよ」とのこと。ならばということでいくつか買って、実際に試してみることにしました。市場内には食事のできる場所が用意されているので、お店の方が手際よくさばいたうえで、そこまで案内してくれます。 こちらができあがったオジンオフェ(スルメイカの刺身)。身の部分は細造りで、ゲソはぶつ切りにしてあります。市場なので飾りもなく素っ気ない感じですが、そのぶん鮮度は折り紙付き。まずは身の部分からシンプルにワサビ醤油で味わってみると、確かに食感、口当たりには繊細な柔らかさがあり、それでもしっかり甘味はにじみ出てくるのでした。新鮮なイカ刺しをちょっとつまんで、焼酎をキュッ、なんてのはたまらない贅沢ですね。あるいは韓国式に葉野菜で刺身を包み、味噌、ニンニク、青唐辛子などと組み合わせても、フレッシュさと、食感の対比を楽しめます。 ひとしきり刺身を楽しんだら、デザートにこんな趣向はいかがでしょう。注文津市場は区域によっていろいろな店が集まっているのですが、食堂や乾物店の集まる路地に、「マシワオジンオパン」というテイクアウトスイーツの店があります。注文津エリアだけで4店舗を展開する人気店。自慢とするのは......。 こちらのイカスミソフトクリーム。そして見てください、なんとも芸の細かいことに下のコーンもスルメイカの形をしています。耳のついた姿がかわいらしく、食べても肉厚でふんわり。ソフトクリーム自体もさらりと甘く、ほんのり香ばしさもある中、後味にきちんとイカスミ特有の風味とコクが感じられます。なるほど、これは単に見た目が奇抜なだけの商品ではないなと、色モノ的に見ていた自分を思わず反省したのでした。 そして、もうひとつ唸らされたのが、こちらのオジンオパン(イカ饅頭)。やはりイカの形をしたカステラ生地に、アンコを入れているのですが、食べてびっくりの仕掛けが施されていました。食べてしばらくはよくある味の饅頭。それが途中で妙なものを噛むんですね。なにか小さいながらも食感のあるものがアンコに混ざっている。なんだろう、なんだろうと思いつつ、その風味がじわじわ巡ってくると、その瞬間「スルメだ!」という事実に気付いて驚愕するのです。 アンコとスルメ。スルメ入りの饅頭。到底、合いそうもない組み合わせですが、不思議なことになぜか食べていて違和感がないのです。そんなバカな! という方はぜひ注文津にて試してみてください。その場で食べても、お土産としてもいいですし、もしお土産を考えるなら、ほかにイカ徳利なども用意されていますので、いろいろ楽しめるかと思います。 おなかがいっぱいになったら、注文津市場の中心から1km少々行ったところに、いま話題のスポットもあります。昨年末から今年にかけて韓国で大ヒットしたドラマ『鬼<トッケビ>』の撮影地。海に突き出た防波堤を見に、たくさんの人が押しかけています。 東海岸は海が荒れることも多いので、もし見に行かれるときは天候や波の状態に重々ご注意ください。場合によっては監視員がいて、通行が制限されることもあるようです。 【データ】店名:マシワオジンオパン(마시와오징어빵)住所:江原道江陵市注文津邑海岸路1754(注文里312-458)住所:강원도 강릉시 주문진읍 해안로 1754(주문리 312-458)Tel:なし 八田 靖史1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。2001年より執筆活動を開始し、最近は講演や、企業のアドバイザー、グルメツアーのプロデュースも行う。著書に『魅力探求!韓国料理』(小学館)、『八田靖史と韓国全土で味わう 絶品!ぶっちぎり108料理』(三五館)ほか多数。ウェブサイト「韓食生活」を運営。2015年より慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。