韓国の中西部にある保寧(ポリョン)という港町で、ヘムルカルグクス(海鮮うどん)を注文しました。出てきたのは上の写真にある大きな器。そのたっぷり堂々たる姿に、「これはできるな!」という確信めいたインスピレーションがありました。期待とともにまずはスープから。すかさず広がったのは海の香りと、ダシの複雑に折り重なった味わいです。最後に甘味が余韻としてさーっと残るのもいい感じ。満を持して麺をすすれば、それはまさしく渾然一体の至福でした。久しぶりにカルグクスでカッと目を見開きましたね。 「美味しかったです!」と賛辞を贈ってみると、「ありがとうございます。でも、ウチは1人前だとその形で出すんですけど、本当は鍋で煮込んで食べるのが正式なんですよ」という、お店の方からはまさかのイレギュラー扱い。ふと周りを見渡すと、確かに予約のテーブルにはスープ入りの鍋がセッティングされているのでありました。これは不覚。 ということで、機会を改めて大勢で訪れてみると、テーブルに用意されたのはスープの鍋と茹でる前の生麺。これを食べる人が自ら調理をして、茹でたてをいただくというのがこの店の正しい流儀でした。 スープが沸騰するのを待って麺を投入。よく見ると店の壁にも注意書きとして調理法が貼り出されています。「スープが沸騰したら、麺を入れて混ぜ、麺が煮えたらガスの火を弱火にするのではなく、すぐさま切ればより美味しく召し上がれます」とのこと。弱火にするとスープが煮詰まって濃くなってしまうため、すぐに火を止め、冷める前に大急ぎで食べるべしということですね。 さて、麺が煮えるまで少々脱線。こちらのお店ではヘムルカルグクスを注文すると、先の鍋と麺が運ばれてきますが、それとともに並べられるのがこちらの一式。手前にあるのが少な目の麦飯で、その後ろに白菜キムチと、葉大根のキムチ、いちばん奥の薬味入れには自家製のコチュジャンが入っています。 これらを麺が煮えるまでに前菜がわりとしていただくという趣向なんですね。いわゆる麦飯のビビンバですが、キムチは葉大根のほうだけを入れて白菜キムチは箸休めに。コチュジャンは味が濃くなりすぎないよう少量ずつ入れるというのも大事なポイントです。麦飯とキムチの素朴な味わいにしばし心奪われつつ、それでも少量なのでやや物足りないかなというぐらいで完食。すると、タイミングよくヘムルカルグクスの麺が煮えてきます。 お店の貼り紙通りにすぐコンロの火を消し、素早く器に盛ってぞぞっとすすれば、これぞまさに絶好のタイミングで麺のコシも抜群。スープも厨房で盛り付けるのとはほんのわずかな時間差でしょうが、鍋からのよそいたてはよりアツアツで美味しく感じられます。底に沈んだアサリも、一緒に入った干しエビ、干しダラもいい味を出していますし、珍味として知られるエボヤも鮮烈な磯の香りを演出します。お店の方によれば、そのほかにも全部で20種類ほどの食材がスープに使われているのだとか。 さて、こちらの店に大勢で行く意味は、ヘムルカルグクスを鍋で味わえるというだけでなく、こちらの自家製マンドゥ(餃子)をシェアして食べられるという点にもあります。このマンドゥがとにかく大きいんですよ。女性のこぶし大ぐらいはあるうえ、ひと皿が5個とボリュームたっぷり。ひとり1個でもけっこうな満足感があります。 そもそもヘムルカルグクスの麺だってかなりの量ですし、前菜がわりに麦飯ビビンバまで食べていますからね。さすがにマンドゥまでは食べきれないという人も多いかとは思いますが、これまたお店の方に言わせれば「食べなきゃ絶対に損」という大人気メニュー。と言っても、そもそもメニューはヘムルカルグクスとマンドゥのふたつだけなんですけどね。蒸したてもちもちの皮の中から、肉汁たっぷり、野菜もたっぷり、そしてニンニクもたっぷり。パンチの効いた味わいが、なんとも後を引くうまさなのでした。 飯、麺、餃子の三連発で、店を出るころには前景姿勢など死んでも取れないぐらいの超満腹。後ろにのけぞりながら、腹をすりすり、よろよろで店を出る感じです。それでもそれだけ食べてしまうというのは、やっぱりどれも美味しいからですね。西海岸に面した保寧は海産物の宝庫。それらをギュッと凝縮した絶品スープのヘムルカルグクスと、サービス精神満点の脇役軍団をも味わいに、ぜひ足を運んでみてください。【データ】店名:保寧ヘムルカルグクス(보령해물칼국수)住所:忠清南道保寧市海岸路448(藍谷洞856-3)住所:충청남도 보령시 해안로 448(남곡동 856-3)Tel:041-931-1008 八田 靖史1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。2001年より執筆活動を開始し、最近は講演や、企業のアドバイザー、グルメツアーのプロデュースも行う。著書に『魅力探求!韓国料理』(小学館)、『八田靖史と韓国全土で味わう 絶品!ぶっちぎり108料理』(三五館)ほか多数。ウェブサイト「韓食生活」を運営。2015年より慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。