来年のことを言えば鬼が笑うと言いますが、再来年の話をすれば誰が笑うのでしょう。ここしばらく、リオデジャネイロオリンピックの話題で盛り上がっていますが、それを見ながらもついつい再来年のことを考えてしまうのは職業病でしょうか。リオが終わったら次は2020年の東京! というのは夏季だけ見ればそうなのですが、韓国好きにとっては2018年の冬季もたいへん楽しみなところ。開催地は韓国の平昌(ピョンチャン)です。 平昌は韓国の東北部、江原道(カンウォンド)という地域にあります。韓国の中でも自然が豊かなところで、面積の82%を山林が占めている山深い土地柄です。首都ソウルからは車で2〜3時間の距離にあって、夏は登山客で賑わい、冬はスキーなどのウィンタースポーツが盛ん。その中心的な町のひとつが平昌であり、そういった背景からオリンピックの開催地に選ばれました。 こちらはジャンプ競技が行われるアルペンシアリゾート。5月に撮影した写真なので、雪はまったくありませんが、シーズンになれば銀世界へと変わります。世界各国からやってくる選手たちが、熱戦を繰り広げるまであと1年半。その日が楽しみであるあまり、再来年の話で笑っているのは僕ら韓国ファンかもしれませんね。 ともかくもその平昌。再来年を待つまでもなく、観光地としてもなかなか魅力的だったりします。特に食事が美味しいという事実は、オリンピック前からでもしっかり強調しておきたいところ。高原地域で飼育されるブランド牛の韓牛はもちろん、スケトウダラを野外で自然乾燥させたファンテという名産品があり、また韓国を代表するそば処という側面もあります。上の写真は「イェッコル」という専門店で撮ったそば料理の数々。 看板料理はメミルマッククス。そば麺を冷たいスープで味わうという点で冷麺ともよく似ていますが、麺の仕上がりがより日本そばに近くなります。しかも、この「イェッコル」では小麦粉、でんぷん、卵などのつなぎを使わず、麺はきっぱりとそば粉100%。そば粉だけで麺を作るのは技術が必要なのですが、長い間の研究により、滑らかな食感のそば麺を実現しました。ずずっとすすったときのそば感というか、そば具合というか、鼻から抜けていく風味の力強さが段違いでした。 麺だけ味わえばかなり日本そばの感覚とも近いのですが、味付けはしっかり韓国式なのが面白いところ。冷たいスープは野菜ダシをベースにほのかな甘味と酸味が融合。そして、上の写真は汁なしのピビムマッククスですが、ピリ辛のタレに麺を絡めて味わいます。といっても麺の風味を損なうほどの刺激ではなく、むしろエゴマ油の香ばしさと、そばの芽の瑞々しい食感がいいアクセントに。好みで蜂蜜を加えて食べても美味しいです。 そば粉を使った3種の料理盛り合わせ。写真左に敷き詰められているのがメミルプチム(白菜を具にしたそばチヂミ)、その上でロールになっているのがメミルチョントク(キムチ入りのそばクレープ巻き)、右側の和え物がメミルサクムクムチム(そばの芽とそば寒天の和え物)。中でも印象的だったのが和え物の中のそば寒天ですね。これだけ殻ごとひいたそば粉を使っているため、他のチヂミやクレープよりも色が黒っぽく、そのぶん香りがもっとも強く出ていました。 こういった揚げそばなんかも出てくるので、先ほどの3種盛りと合わせてひとしきりマッコリを飲み、シメにメミルマッククスをたぐって帰るというのが何より粋です。 最後はサービスとして出していただいたメミルヨンヤンチャ。直訳するとそば栄養茶となりますが、そばの胚芽部分を粉にし、エゴマの粉と混ぜて温かい飲料に仕立てたものです。ほんのり塩味で、海苔も入ることから、お茶というよりももったりしたスープのようでもありますけどね。マッコリとメミルマッククスで冷えた胃袋を、やさしく温めてくれるホッとする味わいでした。 店の外観はこんな藁葺きの古民家風。場所は平昌の中でもそばの産地として知られる蓬坪(ポンピョン)地区にあります。蓬坪といえば韓国人なら誰でも知る『そばの花咲く頃』という小説の舞台で、まさしくそばの花が真っ白に咲き誇る9月にはお祭りも開かれます。平昌オリンピックは再来年ですが、このお祭りなら2016年の開催は9月2〜11日まで。もう来月ですので、これなら鬼にも笑われることなく堂々と語ることができます。そば好きな方はぜひ足を運んでみてください。<データ>店名:イェッコル(옛골)住所:江原道平昌郡蓬坪面岐豊1キル5(蒼洞里404-8)住所:강원도 평창군 봉평면 기풍1길 5(창동리 404-8)Tel:033-336-3360 八田 靖史1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。2001年より執筆活動を開始し、最近は講演や、企業のアドバイザー、グルメツアーのプロデュースも行う。著書に『魅力探求!韓国料理』(小学館)、『八田靖史と韓国全土で味わう 絶品!ぶっちぎり108料理』(三五館)ほか多数。ウェブサイト「韓食生活」を運営。2015年より慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。