ソウル駅から徒歩15分ほど。あるいはバスに乗れば2つ目の停留所でゲストハウス「剛の家」に着きます(送迎もあり)。ソウルでは急速にゲストハウスの数が増えていますが、「剛の家」は2000年6月に開業した古株のひとつ。長渕剛の大ファンという日本びいきのオーナーゆえに、名前もそこから取っています。 数あるゲストハウスの中でも特徴的なのは、文化体験を前面に出しつつ、韓国の一般家庭で親戚のように過ごしてもらうとのコンセプトにあります。外観も中も韓国の一般的な住宅(ヴィラ)ですし、オーナーご夫妻もここに住んでいます。韓国での暮らしを疑似体験するというのがいちばんのウリになるのですが、そのもっとも象徴的な要素が朝ごはんです。宿泊客は毎朝8時にリビングへと集合し、奥様の手料理をみんなで囲みます。純韓国式の料理でしかも日替わり。観光客にとってはなかなか接しにくい家庭の味であり、韓国における日々の食卓がそこから透けてみえます。先日、長期連泊した2016年6月3日から1週間分の朝ごはんをずらりとご覧ください。 6月3日(金)。粟(あわ)ごはん、牛肉と大根のスープ、サンチュとツルマンネングサの浅漬けキムチ、サンマの焼き魚、白菜キムチ、シラヤマギクのナムル。ごはんとたっぷりのスープに4品の副菜というのが基本のスタイルです。韓国家庭のごはんは白飯よりも玄米ごはんや、雑穀、豆入りであることが多いですね。現在でこそ健康志向との意味合いが強いですが、かつては栄養価の不足をそこで補う知恵だったとも。牛肉と大根のスープは家庭料理としては定番ながら、なかなかお店で見かけない貴重な一品。ダシをいっぱいに吸った大根がたまらなく美味です。 6月4日(土)。麦ごはん、おからチゲ、タチウオの煮付け、明太子とネギ入りの卵蒸し、白菜キムチ、ブロッコリーとツルマンネングサのコチュジャンソース。どろっとしたおからのチゲは熟成した白菜キムチと豚肉入り。昨日と同じく登場したツルマンネングサは韓国語でトルナムルといって、シャクシャクと食感のよい野菜です。 6月5日(日)。餃子入りの雑煮、白菜キムチ。日曜日はこうした1品料理が出てくることが多く、以前はサムゲタン(高麗人参とひな鶏のスープ)風の鶏粥も出てきました。この日はトッマンドゥクッと呼ばれる餃子入りの雑煮。雑煮は日本のように正月料理でもありますが、日常の食事としてもよく食べます。小判型の薄いお餅と、雪だるま型のお餅の2種類が入っていました。 6月6日(月)。玄米ごはん、ワカメスープ、豆腐の煮物、エゴマの葉のナムル、白菜キムチ、タチウオの焼き魚。前々日にもタチウオの煮付けが出ていますが、韓国ではサンマ、サバ、イシモチなどと並んでポピュラーな魚です。焼き魚としてはサワラ、ホッケなどもよく見ますね。対して、アジやサケはほとんど見かけません。 6月7日(火)。玄米ごはん、干しダラのスープ、セロリと牛肉の炒め物、韓国カボチャの炒め物、白菜キムチ、サンチュとツルマンネングサの和え物。あっさりとして香ばしい干しダラのスープがじんわりと染みます。韓国カボチャはズッキーニのような未熟果。韓国では炒め物やナムルにするほか、スライスしたものに小麦粉と溶き卵の衣をつけて焼くのも定番です。 6月8日(水)。麦ごはん、フユアオイのスープ、カボチャの煮物、春菊のナムル、白菜キムチ、シラヤマギクのナムル、韓国海苔。この日は野菜を中心としたヘルシー朝ごはんでした。だからかわかりませんが普段の4品に韓国海苔がプラス。フユアオイは春から夏にかけての野菜で、味噌汁の具によく使用します。食感の柔らかなシラヤマギクはナムルとして人気の高い定番の一品。 6月9日(木)。小豆入りの玄米ごはん、キムチチゲ、サンマのキムチ煮、フキのエゴマ和え、白菜キムチ、ナスのナムル。豚肉とキノコ、豆腐などが入ったキムチチゲは酸味のある熟成の効いた味わい。サンマのキムチ煮もそうですが、古漬けのキムチは熱を通すことで深いコクを引き出します。熟成の度合いでキムチをどう使うかも家庭料理の要点と言えましょう。 さて、以上が「剛の家」における1週間の朝ごはん。家庭の味を体験できるというだけでなく、食材を通じて韓国ならではの季節感も楽しめますし、主婦の知恵なども見えてきます。料理に関心のある方ならきっと興味をそそられるはず。ぜひ1度、体験してみてください。 <データ>剛の家(쯔요시노이에)住所:ソウル市龍山区厚岩路30キル17、401号(厚岩洞60-12)住所:서울시 용산구 후암로30길 17, 401호(후암동 60-12)Tel:010-9998-2443(救急急はつよしさん)※1泊5000円(日本円で支払い、朝食付)http://www.tuyosi.com/ 八田 靖史1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。2001年より執筆活動を開始し、最近は講演や、企業のアドバイザー、グルメツアーのプロデュースも行う。著書に『魅力探求!韓国料理』(小学館)、『八田靖史と韓国全土で味わう 絶品!ぶっちぎり108料理』(三五館)ほか多数。ウェブサイト「韓食生活」を運営。2015年より慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。