韓国の中東部に位置する慶尚北道の栄州(ヨンジュ)は、小白山脈を背にして気候がよく、リンゴなどの果物栽培や、高麗人参栽培、そして韓牛(固有種のブランド牛)の飼育で有名な地域です。と言っても、有名なのは主に肉牛のほうですけどね。黄牛(ファンソ)という茶色っぽい毛並みの牛。上の写真はかわいらしい子どもの乳牛で、美味しい牛肉料理を食べた後に、美味しい乳製品も味わおうじゃないかと牧場を訪ねて撮ったものです。話は前後しますが、肉牛から乳牛へのバトンリレーが今回の本題。なので、まずは肉牛のほうから話を始めたいと思います。 どんな飲食店にも言えることですが、いい店というのはメニューを見た時点でピンとくるものがあります。栄州の「フンブ家」というお店もメニューからいい店オーラが感じられましたね。主たるメニューは4種類。ユッケビビンバ(牛刺身を載せたビビンバ)、プルコギビビンバ(牛焼肉を載せたビビンバ)、ソゴギジャンボックム(牛肉炒め)、ユッケ(牛刺身)というラインナップですが、これよくよく見るとほとんど同じものなんですよ。ユッケビビンバの牛肉を炒めればプルコギビビンバですし、そこからごはんと野菜を抜けばソゴギジャンボックム。そしてユッケビビンバから同じくごはんと野菜を抜けばユッケです。こういう専門性の高い店は期待ができる……。 と思っていたら、予想通りに素敵なビジュアルで登場しました。注文したのはユッケビビンバですが、ずいぶんと気前よくたっぷり。なのでてっきり、牛肉を大盛りにした「特」というメニューかと思いましたが、お店の方曰く「これが標準」とのこと。さすがは牛肉どころの大盤振る舞いです。 別盛りのごはんを具の器にあけ、よくかき混ぜたら準備OK。卓上にはコチュジャンソースも別途用意されていますが、まずはこのままで食べることをおすすめします。香ばしいゴマ油の風味と、素材の味を活かして控えめな塩気、そしてニンニクだけはかなりガツンと効いていましたね。おっ、これはかなり攻めてくるなと思いきや、それらを受け止める牛肉のうま味がスゴイ。生肉で肉自体に驚くって稀ですね。効いたニンニクがベストに感じられるぐらいに力強くウマい肉。無我夢中でかっこみながら、メニューが主張する専門性の説得力に改めて感銘を受けたのでした。【データ】店名:フンブ家(흥부가)住所:慶尚北道栄州市大学路92(可興1洞1381-137)住所:경상북도 영주시 대학로 92(가흥1동 1381-137)Tel:054-638-2094 心地よい幸せに満たされながら、次に訪問したのがこちらの「鎬洙牧場(ホスモクチャン)」。冒頭のかわいらしい仔牛が迎えてくれたところです。こちらでは牧場として牛乳や乳製品を生産するだけでなく、チーズ作りや、ピザ作りなどの体験プログラムも用意しています。 入口の通り前には無人販売所を設置。ちょうどその通りというのが有名観光地の浮石寺(プソクサ)に向かうもので、観光客も多いせいかけっこう売れているそうです。 いちばん人気は地域の名前を冠した栄州ヨーグルト(飲むヨーグルト)。牧場で搾ったばかりの原乳をそのまま牧場内で生産しているため、新鮮極まりなく、原乳本来の味に最大限こだわっているのが最大の特徴です。原材料の一覧を見ると、書かれているのは原乳が97.2%で、あとは乳酸菌と砂糖のみ。乳化剤、防腐剤、色素、合成着色料を使用しない「4無」との文字もラベルに書かれています。で、飲んでみるとこれが驚くほどに濃厚なんですよね。ぐいっと傾けてもゆっくりとしか流れ落ちてこないぐらいとろっとろ。甘さも控えめなので、口の中いっぱいに「乳!」の味わいが広がります。 こちらはストリングチーズ(裂けるチーズ)。同じく4無を掲げており、原材料も原乳99%に酵素と食塩が入るのみ。滑らかな食感とクリアな味わいは、これまた原乳のよさを極限まで追求した仕上がりとの印象でした。 ストリングチーズのほかにはモッツァレラチーズも作っています。これらを切っていただき、試食からそのまま宴会へと突入したのですが、その場でひとつ大きな発見が。【データ】店名:鎬洙牧場(호수목장)住所:慶尚北道栄州市義湘路152(上望洞380-29)住所:경상북도 영주시 의상로 152(상망동 380-29)Tel:010-5633-1132 こちら、栄州産の米で造った「栄州生濁(ヨンジュセンタク)」という地マッコリなのですが、ふとした思い付きから栄州ヨーグルトとカクテルにしてみたところこれが予想外に相性抜群。フレッシュなマッコリにミルキーなコクが加わって、なにやら新たな世界を切り開いたようでした。どんな味か気になる方はぜひ栄州へ。冒頭のユッケビビンバに始まり、ヨーグルトもマッコリも鮮度が命なので、わざわざ足を運んでこその感動です。【データ】店名:マンス酒造(만수주조)住所:慶尚北道栄州市安定面龍走路1364番キル12(新田里278-1)住所:경상북도 영주시 안정면 용주로1364번길 12(신전리 278-1)Tel:054-634-5641 八田 靖史1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。2001年より執筆活動を開始し、最近は講演や、企業のアドバイザー、グルメツアーのプロデュースも行う。著書に『魅力探求!韓国料理』(小学館)、『八田靖史と韓国全土で味わう 絶品!ぶっちぎり108料理』(三五館)ほか多数。ウェブサイト「韓食生活」を運営。2015年より慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。