農村地域の小道に沿って積み上げられた石垣。これだけだとなんの感慨もなく見過ごしてしまいそうですが、造られたのが1593年と聞けばありがたみも出てきますでしょうか。しかも石垣を造ったのが日本人と聞けば、さらなる関心がわいてくるかもしれません。ここは韓国の南東部、蔚山(ウルサン)という町の一角。蔚州郡西生面に残るこの石垣は、文禄・慶長の役で日本が朝鮮を攻めた際、加藤清正によって造られたものです。現在は「西生浦倭城(ソセンポウェソン)」と呼ばれ、当時の歴史を伝える貴重な文化財として大切に保存されています。日本ともつながりの深い地域ということで、蔚山市内でも中心部から少し外れてはいますが、歴史好きな観光客に人気のある地域です。
そんな西生浦倭城からしばらく行くと、艮絶串(カンジョルゴッ)という岬に到着。こちらは初日の出の名所として知られており、毎年大晦日から元日にかけて大勢の人が訪れます。通常、韓国でもっとも東にあって早く日が昇るのは、島嶼部を除けば慶尚北道浦項(ポハン)市の虎尾串(ホミゴッ)という岬ですが、地軸の傾きによって、元日付近に限ると艮絶串のほうがわずかながら早いのだとか。その一瞬早い初日の出を見るために、大勢の人がやってくるのです。
従って、そんな艮絶串には日の出をイメージしたこんなお菓子が。赤い箱に入った丸い焼き菓子には太陽を思わせる焼印。うずまきとニョロニョロの組み合わせでうっかりイソギンチャクや、ウニのようにも見えますが、そんな邪念はバサバサっと振り払って、いえいえこれは太陽です。
カステラ生地の中を割ってみると、カスタードクリームがたっぷり。
そして、美味しさの秘密は底にもあります。ちょうど太陽の焼印を押した反対側に、サクサクっとした食感のクッキー生地が敷かれているんですね。このクッキー生地のことを韓国語で「ソボロ」というのですが、それはこの生地をデコボコのそぼろ状にかぶせたソボロパンというパンがあるから。ふんわりとしたカステラ、しっとり甘いカスタードクリーム、そしてサクサク香ばしいソボロという3種類の食感が折り重なって、なんとも見事な出来栄えに仕上がっていました。観光地によくある便乗スイーツかと思いきや、ひとつ食べると妙に後を引いてふたつみっつ。わざわざこれのためにもう1度艮絶串まで行きたいとも思えるほどの味でした。
お店の名前は「艮絶串ヘッパン」。お菓子の名前もヘッパンで、直訳すると「太陽パン」。韓国では食パンやあんパンだけでなく、こうしたカステラ生地のお菓子や饅頭も含めて、すべて「パン」と称します。
【データ】
店名:艮絶串ヘッパン(간절곶해빵)
住所:蔚山市蔚州郡西生面ヘマジ路924(新巌里222-3)
住所:울산시 울주군 서생면 해맞이로 924(신암리 222-3)
Tel:052-239-5548
さて、ところ変わって今度はこちらのお店。艮絶串は東海岸に面した岬だけに、海産物を味わうお店もたくさんあります。地元の方から情報を得て、立ち寄ったのが「トッパウフェッチプ」という刺身店。艮絶串に来て刺身を食べるならここだ、という話でしたが......。
メニューを見た瞬間に、間違いなくアタリの店だと確信しましたね。旬魚の刺身をメインにするのはどこでも同じですが、メウンタン(魚の辛口鍋)や、海鮮ビビンバの種類がやたら豊富にあるのは驚き。メウンタンはムルメギ(クサウオ)、サムシギ(カジカ)、ホンウロク(ユメカサゴ)、ウロク(クロソイ)といった東海岸ならではの魚がずらり。そして、海鮮ビビンバのほうは、アンジャング(バフンウニ)、ソンゲ(ホヤ)、ワダ(コノワタ)と珍味系がずらり並んでいました。さらには春からの期間限定で、カレイとヨモギのスープなんかも用意されています。
大皿に盛り付けられた刺身と、それに付随して出てくる生ガキや魚の煮付けなどでひとしきり焼酎を飲んで......。
最後をメウンタンや珍味系の海鮮ビビンバでシメるというのが何よりの楽しみ方。写真はアンジャングピビムパプ(バフンウニのビビンバ)と、ムルメギメウンタン(クサウオの辛鍋)ですが、どちらも文句なしの絶品でした。ビビンバのほうはこってり濃厚なウニの甘さに、負けず劣らずの香ばしい風味の海苔、ゴマ、ゴマ油が、ごはんをもりもりと進ませてくれます。メウンタンはクサウオのゼラチン質な身がぷるぷると心地よく、淡くも上品な白身の味わいがピリッと辛いスープとよくマッチしていました。
歴史を学び、海と日の出を眺めて、美味しいものも食べられる岬。蔚州郡西生面の艮絶串はなんともいいところだなぁ......というお話でした。
【データ】
店名:トッパウフェッチプ(떡바우횟집)
住所:蔚山市蔚州郡西生面艮絶串海岸キル43(大松里416-1)
住所:울산시 울주군 서생면 간절곶해안길 43(대송리 416-1)
Tel:052-238-3136
八田 靖史
1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。2001年より執筆活動を開始し、最近は講演や、企業のアドバイザー、グルメツアーのプロデュースも行う。著書に『魅力探求!韓国料理』(小学館)、『八田靖史と韓国全土で味わう 絶品!ぶっちぎり108料理』(三五館)ほか多数。ウェブサイト「韓食生活」を運営。2015年より慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。