ロンドンのホテルは世界一高いので有名ですが、新しいホテルが続々オープンする中、やはり歴史あるホテルはぜひ見ておきたいもの。今回ご紹介するのは「セントパンクラス・ルネッサンス・ホテル」という駅ナカにある五つ星のステーションホテルです。このホテルは2011年5月5日にオープンしたまだ新しいホテルですが、その歴史は1873年に遡ります。
「セントパンクラス・ルネッサンス・ホテル」は、長年閉鎖していたセントパンクラス駅の構内にあった「ミッドランド・グランドホテル」だった場所を大改装し完成した21世紀のステーションホテルです。そのオープンも、かつて、ミッドランド・グランドホテルがステーションホテルとしてオープンした1873年5月5日からちょうど138年後にあたる日に合わせたオープンだったそうです。
1868年に開業したセントパンクラス駅は、ジョージ・ギルバート・スコット卿の設計によるヴィクトリアン・ゴシック(ネオゴシック)建築の傑作といわれ、数あるロンドンの駅の中でも、宮殿のような優美な建物として有名です。
1935年にミッドランド・グランドホテルがクローズした後、第二次世界大戦中には、3度の爆撃を受けるなど、建物の老朽化とダメージがひどく、戦後、英国鉄道(以下BR)のオフィスとして使われていたときも使い勝手が悪く、働いている人にはかなり不評だったと言われています。
1960年代には、セントパンクラス駅よりもお隣のキングスクロス駅やユーストン駅の方が駅としてはメジャーな存在になってしまい、セントパンクラス駅の改築工事の予算はますますとれない状態が続いていました。
そしてついに1985年、当時のBRはホテルの建物を放置し、それから20年もの間、建物は空のままとなりました。この放置されていた時期は、セントパンクラス駅の暗黒の時代でもあります。
そのセントパンクラス駅に運が巡ってきたのは、1990年代半ばのこと。90年代後半、イギリスは空前の好景気となり、ロンドンだけでなく、イギリス国内では建設ラッシュが始まります。
そんな中、セントパンクラス駅が注目されるようになったのは、テレビと映画のロケ地として使われたのがきっかけでした。『バットマン』、『シャーリー・バレンタイン』、『ブリジット・ジョーンズの日記』、『ハリーポッターと秘密の部屋』などのロケ地として、また、スパイスガールズのミュージックビデオに登場したことで、その見事なヴィクトリアン・ゴシック建築が注目されたのです。
変化の兆しが出てきたのは、それまでウォータールー駅だったパリやブリュッセルに向かう国際列車、ユーロスターの発着駅が、2007年からセントパンクラス駅に決定したことでした。大改修に膨大な予算がかかると、約70年間近く放置されてきた建物が、最終的には1億5000ポンドの大改修の末、新しいホテルとして甦ることになったのです。
鉄道好きな私にとっては、ステーションホテルは憧れの存在でもありますし、以前シェフィールドという町に住んでいた私にとって、セントパンクラス駅は、ロンドンからシェフィールドへ戻る際によく使っていた特別な思い出のある駅でもあります。
駅と直結するホテルがあった存在は当時も知っていましたが、クローズされていたので、留学当時もその後も内部を見たことは一度もありませんでした。セントパンクラス駅とステーションホテルの華麗な復活は、私にとっても嬉しい出来事でした。
さて、2011年のオープン後、泊まりたいと密かに思っていた「セントパンクラス・ルネッサンス・ホテル」ですが、実際に泊まってみました。今ではポンド高でお高くなってしまったものの、2012年の為替レートは1ポンド=125円。インターネットのホテルサイト「ブッキングコム」で値段を見たところ、新館のツインルームなら1泊3万4000円程度(朝食込)で泊まれることが判明!友人と一緒だったので、1人1泊約1万7000円で宿泊できました。宿泊者は自由にホテル内部も見学でき、付帯施設も使えるので、この値段はそう考えれば高くないと思いました。
ホテル内にはバー2軒、レストラン、ヘルスクラブ、スパなども併設。古き良きヴィクトリア時代の豪華な雰囲気と、21世紀のモダンで快適な機能を兼ね揃えているところがやはり魅力です。
5つ星ホテルといっても、リッツ、クラリッジ、サヴォイ、ブラウンズといった超高級路線よりも内部の雰囲気はカジュアルなものでした。朝食に降りてくる人を見ても若い世代が目立ち、20代後半〜30代から40〜50代くらいまで。夏だったこともありTシャツにジーンズや短パンといったスタイルの人が目立ちました。ただ、アジア系の有色人種は少数派で、欧米系の人が多かったです。
ホテルスタッフは本当にフレンドリーでした。正直に言うと、スタッフはまだ5つ星ホテルのスタッフとしてはちょっとぎこちない感じに見えました。若いスタッフが多いということもあり、5つ星の高級感に自分を無理に合わせようとしている感じ。それがいい意味ではフレンドリーな雰囲気につながっているのですが、いわゆる伝統的な5つ星ホテルの完璧なホスピタリティーを求める人には、ちょっと物足りないかもしれません。
ロビー脇のブッキングオフィスは、現在バー兼レストランになっており、朝食もここを利用します。オールデイダイニングとして使われていますので、朝・昼・夜それぞれ違った雰囲気で楽しめるの場所の一つですね。ただ、残念だったのは朝の紅茶があまり美味しくなかったこと。宿泊客の様子を見ていると、コーヒーを飲んでいる人が多く、文句を言う人はいない雰囲気だったのも残念でした。これも時代の変化なのかもしれません。
このブッキングオフィスは駅に直結していて、ユーロスターのホームも目の前に見える近さでした。天井が抜けるように高く、19世紀当時のヴィクトリアン・ゴシックの建物の意匠が繊細に再現された内部は建築好きでなくとも魅了されること必至です。
私の部屋(新館)は残念ながらモダンなデザインの方。もちろん快適だったのですが、駅のホームも見えません(泣)。旧館の方が、以前の建物を忠実に再現したものになっており、38室のスイートルームも全て旧館にあります。
宿泊中、旧館の見学は新館の宿泊者も可能ということで行ってみたのですが、美しく修復された階段や廊下の装飾を見るだけでもため息モノ。部屋の中はどんなにか素晴らしいだろうと想像すると、やはり旧館に一度は泊ってみたいと思いました。但し、旧館の宿泊料金は現在1泊£500〜1000以上。それなりの覚悟はいりそうです。ちなみに、新館のお部屋の方は£300前後。宿泊しなくても、ホテル内のギルバート・スコット・レストランを予約すれば、中のインテリアの素晴らしさは堪能できます。ぜひ、いにしえのステーションホテル、泊まってみて欲しいです。
【データ】
セントパンクラス・ルネッサンス・ホテル
住所:St Pancras Renaissance Hotel Euston Road, London NW1 2AR
Tel:020-7841-3579 FAX 020-7841-3540 全245室
URL:https://www.marriott.co.jp/hotels/travel/lonpr-st-pancras-renaissance-hotel-london/
木谷 朋子
『留学ジャーナル』の編集者を経て1989年より2年間イギリスへ留学。帰国後はイギリスを始め、ヨーロッパ各地やアジア、オーストラリアなど、世界各地を取材。海外の旅文化や最新の旅行情報、語学、留学をテーマに幅広い分野で執筆活動を続ける。イギリス関係の著書:『英語で楽しむピーターラビットの世界BOOK1、BOOK2』(ジャパンタイムズ)、『英国で一番美しい風景 湖水地方』(小学館)、『ロンドンと田舎町を訪ねるイギリス』(共著・トラベル・ジャーナル)、『イギリス留学』(共著・三修社)ほか。