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心が千々に乱れる名店 〜漁港の町に立つ自由の女神とカレイのスープ

   
八田 靖史
八田 靖史
 
亭子港の亭子は東屋のこと。ケヤキの東屋があったことに由来する

いい漁港。というのは世界各地に山ほどあると思いますが、韓国においても10や20は即座に答えられるぐらいの良港があります。港町特有の風情があり、眺める景観も素晴らしく、そして何より美味しいものが揃っている。今回、紹介するのは韓国の南東部、蔚山(ウルサン)という地域にある亭子港(チョンジャハン)です。町の中心部からはやや外れて、ひなびた雰囲気ですが、倉庫風の建物に入ると中にはたくさんの魚が並んでいました。

近隣の盈徳、蔚珍、浦項と並ぶズワイガニの名産地として名高い

この亭子港には数々の特産品があり、例えば11〜3、4月ぐらいだとズワイガニが旬を迎えます。韓国語でズワイガニのことはテゲ(竹蟹の意、足が竹のようだから)と言いますが、亭子港に水揚げされるズワイガニは亭子(チョンジャ)テゲと呼ばれ、ブランドとなっています。

アンジャングは地域の方言で標準語ではマルトンソンゲと呼ぶ

あるいは冬の11〜2月はアンジャングと呼ばれるバフンウニの旬。蔚山から近隣の機張(キジャン)にかけてはこのバフンウニを使った、とろとろうまうまのアンジャングバプ(バフンウニ丼)が冬における至高の喜びです。小さなスプーンを駆使してひょいひょいと殻を剥いていくお母さんの手さばきに見とれつつ、

「た、食べたい……」

としたたり落ちるヨダレを必死にすすり止めるのでした。

マガレイは冬から春にかけてが旬。活魚のある時期は刺身が人気

そのほか春には貴重な天然の岩ワカメもとれますし、チャムガジャミと呼ばれるマガレイも名産品のひとつ。全国に流通するマガレイの実に約7割が、この亭子港で水揚げされるという地元自慢の一品です。肉厚な旬のマガレイは刺身にしても美味しいですが、焼いて食べたり、干物にしたり、ミヨックッ(ワカメスープ)に入れても楽しめます。

亭子港の刺身店通り。店頭のいけすにはズワイガニや活魚が並ぶ

倉庫型の建物を抜けると刺身店通り。マガレイの刺身を楽しむなら海沿いのここがいちばんですが、ちょっとヒネって通好みの店もあったりします。地元の方から美味しいマガレイ料理の店として推薦いただいたのが……。

店名の「カゴパ(GA GO PA)」は「行きたい」という意味

コチラ。到着した瞬間に「ん?」と目を疑いましたね。すっかり刺身店か、郷土料理店風の姿を想像していましたが、見るからにカフェ風というかペンション風。女性像があちこちに置かれているだけでなく、よーーく見ると屋根の上には真っ白な自由の女神像まであるじゃないですか。思わず店を間違えたかとも思いましたが、確認してもてもこちらで間違いなし。戸惑いを隠しきれないまま店内へと入ります。

チャムガジャミクッ。澄んだスープは青唐辛子が入りピリッと辛い

で、出てきたのが極めて伝統的スタイルの料理。店内もヨーロッパ風のしつらえで、相当にアンバランスな感じなんですけどね。美味しいコーヒーと手作りケーキなんかが似合いそうな中、窓の外に絶景の海を眺めつつ、極めて韓国的な料理を味わうというのがこの店における醍醐味のようです。もろもろ心乱れるところではありますが、ともあれ看板メニューのチャムガジャミクッ(マガレイのスープ)がこのような見た目で登場しました。

マガレイの身もさることながら、味の染みた柔らかな大根も美味

なんとか心を落ち着けつつ料理を見てみると、透明なスープの中には名産品のマガレイが薄切りの大根とともに沈んでいる模様。韓国で魚を入れたスープというと、粉唐辛子たっぷりの真っ赤なものが多いのですが、ときおりこうした澄まし仕立てのスープにも出合います。唐辛子の辛さでごまかさず、素材本来の味で勝負するというのは、それすなわち鮮度に自信があるということ。

ぶつ切りのマガレイが入ってボリュームも充分。朝食にもぴったり

まずはスープからそっとすすってみると、それはそれはもう。それまでのモヤッとした混乱を瞬時に吹き飛ばすほどに衝撃のうまさでした。

「カレイってこんなにうまい魚だったか!?」

と書けばカレイには失礼ですが、どこか安い煮魚のイメージがあったんでしょうね。いくら名産品とてカレイはカレイ。そこまで期待していなかった自分を即座に猛省する見事さでした。ありがちな泥くささなど微塵もなく、肉厚な身はほろほろと柔らかく、上品でありながらもしっかりしたうま味を残す。もう素晴らしいのひと言。夢中で完食。その後、しばし呆然。

石はすべて亭子港で採集したもの。きれいに磨いて展示されている

食べ終わった後、店の人に聞いてみるとペンション風の建物は社長の趣味とのこと。きっと根っからの趣味人なんでしょうね。店内に並ぶ調度品も自ら蒐集したものであり、また地下のスペースには立派な石の展示室が用意されていました。現在はまだ非公開だそうですが、いずれは博物館のようにしたいとのこと。ますます不思議な店になりそうですが、チャムガジャミクッの味は掛け値なしに本物。あれこれ戸惑いながらも最後はきっと満足できる、この店を心からオススメしたいと思います。

店名:カゴパ(가고파)
住所:蔚山市北区東海岸路1692(山下洞11-1)
住所:울산시 북구 동해안로 1692(산하동 11-1)
Tel:052-286-4696

八田 靖史

八田 靖史
1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。2001年より執筆活動を開始し、最近は講演や、企業のアドバイザー、グルメツアーのプロデュースも行う。著書に『魅力探求!韓国料理』(小学館)、『八田靖史と韓国全土で味わう 絶品!ぶっちぎり108料理』(三五館)ほか多数。ウェブサイト「韓食生活」を運営。2015年より慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。

    

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