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日本の「職人魂」が生みだすケーキ「パントラー(Pantler)」

   
仲山 今日子
仲山 今日子
 
日本人パティシエならではの繊細なケーキが並ぶ

シンガポールで日本人のイメージを尋ねると、精密な仕事ぶりがよく挙げられます。そんな職人気質が生きていると感じるスイーツのお店が、2014年10月に日本人パティシエ、森田知治さんがオープンしたケーキショップ兼カフェ、「パントラー(Pantler)」。
にこやかで明るい雰囲気、まだ青年の雰囲気を残した35歳。日本のグランドハイアット、そしてシンガポールのジョエル・ロブションのペストリーシェフ(ペストを経て、その味に魅せられたシンガポール人のオーナーの再三にわたる説得を受けて、独立しました。 「自分がお菓子作りで一番大切にしているのは、質の高いものをきちんと、いつも同じように提供すること。時間がかかっても、コストがかかっても、自分がお客さんの立場だったら、と考えると、中途半端なものは出さないで作り直す。その、基準の厳しさはシンガポールで一番、と言ってもいいくらい自信を持ってやっています」と語ります。

商品のクオリティにはとことんこだわる、と森田シェフ
朝5時から丹精込めて作り上げた20種類ほどのケーキが並ぶ

物心ついた頃にはお菓子を作っていたという森田少年は、小学3年生の時に、スポンジケーキ作りに目覚めたそう。 「一日に何台スポンジケーキを焼いたかなぁ。焼いても焼いても、なかなか上がら(ふくらま)なくて、ばあちゃんに八つ当たりしたりなんかもして。それでも、ばあちゃん、そんなできそこないのケーキもね、『おいしい、おいしい』って食べてくれてね。しばらくしてから、オーブンを予熱してなかったからだ、と気づいたんだけれど。毎日そんな風に焼いていたから、材料代も馬鹿にならなかったはずなのに、何も言わずに好きにさせてくれていたなあ。」 おばあちゃんっ子だったという森田シェフにとって、ケーキ作りの原風景は、今は亡き祖母との懐かしい思い出とも重なるのだとか。

パウンドケーキ(S$22)はちょっとした手土産としても人気

縁あって、トロントの知人の店でケーキ作りの修行をスタート。 日本に帰国して就職したグランドハイアット東京は、お菓子のワールドカップとも呼ばれている、クープ・デュ・モンド日本代表の常連メンバーなど、名実ともに、日本のトップクラスのパティシエがそろっていました。 高いクオリティを求める職人気質のパティシエたちは、コンクールともなると、ホテルの仮眠室に泊まり込みで何か月も働き、まさに「作品」と呼ぶべき、素晴らしいお菓子を作り上げていました。 「グランドハイアットに就職したばかりのときに、尊敬する先輩(現グランドハイアットチーフパティシエの金子浩さん。クープ・デュ・モンドで日本代表チームを率いた)がコンクールに出品するケーキを食べたときの衝撃は忘れられないですね。美しい飴細工の下のケーキで、表面はチョコレートのグラサージュ。その中に、ムースやスポンジ、ダックワーズなど、いくつもの層にわかれたケーキが隠れている。見た目、味のバランス、すべてが完璧だった。自分もこんなケーキをいつか作りたい、その時に心に誓ったんです」


カフェ併設。コーヒーだけでなく、コールドプレスジュースもある

そんなグランドハイアット時代に作っていたケーキへのオマージュが、「ヤツラ(Yatsura、S$8.5)」というチョコレートケーキ。パントラーの定番であり、一番人気のケーキです。チョコレートのグラサージュ(艶のあるコーティング)がかかった中に、チョコレートムース、クリスピーなクレープダンテル(薄いクレープ生地)、そしてヘーゼルナッツの生地が重なります。 「アレンジはしてありますけれど、元々のレシピは、グランドハイアットでも当時一番人気のあったケーキなんです。 厨房では僕ら、このケーキのことを親しみを込めて、「奴ら」って呼んでたんですよ。それを、そのまま名前にしてみたんです。」 まるで、ケーキに人格があるようなネーミング。職人気質のパティシエたちのケーキへの愛情が感じられます。

特に思い入れの深いケーキだという「ヤツラ」

一口食べると、なめらかで濃厚な表面のチョコレート、そしてふんわりとした優しい口溶けのチョコレートムース、 カリカリしたクレープ生地、もっちりとした食感とナッツの濃厚なコクが生きたケーキ。異なった食感が、一つに溶け合います。濃厚なチョコレートと、ヘーゼルナッツの定番の組み合わせ。森田シェフが何よりも大切にしているのは、一番下の生地の食感なのだとか。一番人気というのもうなずける、絶対に外さないおいしさのケーキです。

定番の苺ショートも端正な雰囲気

そして、日本のケーキの代表選手、苺のショートケーキ(Strawbery Shortcake、S$8.5)。トップには、程よく甘酸っぱく大きな苺。軽くシロップをしみこませたスポンジは口に入れた瞬間、上質な生クリームと共にふんわりと溶け、間に挟まれた苺の印象を引き立てます。苺とクリーム、スポンジの分量のバランスも最高でした。

苺好きは絶対に試してほしい苺タルト

そして、立体的な盛り付けが美しい、苺をたっぷり使ったストロベリータルト(Strawberry Tart、S$8.5)。私がショーケースを見ている短い間にも、「これ!これがすっごく美味しいんだよ」と、シンガポール人の常連さんがお友達に興奮気味に話しながらお買い上げされていました。美しく立体的に絞られたクリームはピスタチオクリーム。下はタルト生地の中に、アーモンドとピスタチオのフィリングが入っています。 苺のショートケーキが、クリームもスポンジもふんわりととろけて苺の印象を残す、水彩画とするならば、 こちらはしっかりとした骨格の油絵のような雰囲気。濃厚なナッツのコクが、苺の甘酸っぱさを引き立てる組み合わせです。 まず、ピスタチオ本来の香りを感じるナッツのクリーム、そして、その下には生クリームを混ぜた軽めのカスタード。 土台のタルトのフィリングが、さらにナッツのしっかりとした存在感を感じさせます。ナッツのコクや濃厚さを、苺が引き締めていて、重たく感じません。全体の甘みも、苺の甘みが最大限に感じられるバランスになっています。

レモンのすっきりとした酸味が決め手のシトロンブラン

そして、シェフのもう一つのおすすめは、オリジナルレシピのシトロンブラン(Citron Blanc、S$8.5) フレッシュチーズを使った上の部分は、クリーム感のある、ふんわりと優しい口どけ、そして下のレモンカスタードはしっかりとした酸味と濃厚さを感じさせます。上に飾られた手作りのレモンのコンフィチュールは、毎日少しずつ糖度を上げながら、2週間かけてじっくりと煮こまれたもの。「しっかりと手間をかけないと、おいしいものは生まれないと思うんです」と森田シェフは語ります。

サクッ、トロリという、食感の対比がたまらないピュイ・ダムール

ここまでご紹介したケーキ、どれも本当に美味しかったのですが、私の個人的な一押しは、ピュイ・ダムール(Puits D'amour、S$8)。愛の泉、というロマンティックな名前のお菓子です。見た目は少し武骨な印象なのですが、これが衝撃的においしいのです。周りはパイ生地で、中にエッグタルトのようなカスタードが入っている伝統的なフランス菓子なのですが、シンプルながら、それぞれが本来あるべき完璧な状態で仕上がってる、そんな印象です。 外側のパイ生地はしっかりと固めのカリカリの状態に焼きあがり、内側のカスタードは、もう少しで流れ出すのではないかという、ふるふるとした、とても柔らかい食感。これだけでもおいしいのですが、更に中から、南国らしい甘い香りバナナフィリングがあふれ出します。ほんのりと効かせた薫り高いラム酒が、さらにエキゾチックな雰囲気を後押しします。そして、柔らかいカスタードのキャラメリゼされた表面がごくごく薄く、心地良い歯触りを生み出しています。これは、フォークではなく、上品さには欠けるかもしれませんが、手で持ってかじるのが一番おいしい食べ方のような気がします。

クッキーなどは気軽なお土産にもぴったり

どのケーキも、フランスの伝統に日本人シェフならではの繊細な感性がミックスされた「良いところ取り」といえるケーキばかり。美味しくて繊細なケーキが食べたい!と思っている方に、特におすすめです。 シンガポールでの生活を楽しんでいる森田シェフですが、唯一残念なのが、シンガポールの気温と湿度。長時間置いておくと溶けてしまうので、グランドハイアット仕込みの飴細工や、チョコレート細工をお店に飾れないことなのだとか。 ウェディングケーキなどの特別オーダーも受け付けているそうなので、興味のある方はぜひご連絡を。

アーモンドチョコレート(S$12.9)はローストから手作り

ビジネス街に近いこともあり、朝8時30分からオープン、森田シェフの手作りの焼きたてパン・オ・ショコラ(S$3)のほか、お持たせやちょっとしたプレゼントにもよさそうな、クッキー(S$5.5〜)やパウンドケーキ(S$22)、ジャム(S$7.8)なども並んでいます。中秋節には月餅も作っているのだとか。ケーキのデリバリーも行っているそうです(詳細は公式ウェブサイトをご覧ください)。
今は、スタッフはいるものの、ケーキ作りはもちろん、材料の仕入れから、新製品の開発まで一人で行っている森田シェフ。 忙しい毎日を送りながらも、次の目標は、シンガポールならではの食材を生かしたケーキを作りたいと考えているそう。 ニッパヤシの実など、思いがけない素材にも目をつけているということで、そんな全く新しいケーキがお目見えする日も近いかも。 どれも素晴らしいケーキでしたが、「それでも、まだまだグランドハイアットの先輩が作った、あの衝撃を超えるケーキはまだ作れていないんです」と謙虚に語る森田シェフ。 森田シェフの挑戦は、これからも続きそうです。

今一番の注目スポット、テロック・エアエリアに位置する

【データ】
■パントラー(Pantler)
http://pantler.com.sg/
 営業時間:08:30〜19:30(平日)、10:30〜17:30 (土曜)、日曜休
 住所:198 Telok Ayer Street,Singapore, 068637
 電話:+65-6221-6223

仲山 今日子

仲山 今日子
元テレビ山梨、テレビ神奈川アナウンサー。現在はフリーアナウンサー、ディレクター、ライターとしてお仕事を受けています。シンガポールのテレビ局J Food & Culture TV 勤務、All Aboutシンガポールガイドブログ。趣味は海外秘境旅行&食べ歩き、現在約40カ国更新中。

    

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