ヨーロッパではパンを主食としているのに対して、アジアの人々の大半は米を主食としています。水をなみなみと張った水田に整然と並ぶ稲の苗を見ると、秋に稲穂を垂れる光景を思い浮かべるものでしょう。季節ごとに行う農作業は一家単独ではなく、村の人々が総出で協力し合って行うのです。身近な人々の共同作業の中からは、数々の民謡や芸能が産まれてきました。
ヴェトナムの農村には、ムアゾイオヌックと呼ばれる珍しい水上人形劇が誕生しました。水上を舞台として、カラフルに彩られた人形が様々な踊りを舞うユニークな人形劇です。地方で演じられるだけの芸能は1950年代になると、国家芸術として高く評価されるようになりハノイやホーチミンに専用の劇場まで設立されました。
ムアゾイオヌックは、起源を辿ると1000年以上前に至ります。ヴェトナム北部の高温多湿な紅河デルタの農民たちが、農作業の合間に池や湖を舞台として人形を操り豊作を願っていたのです。表現様式が整うにつれて、村の寺院やパゴダの池などでも上演されるようになりました。1121年に建立された石碑の中に、宮廷で水上人形劇が演じられる様子が描かれているものがあります。人形の操作方法は村ごとに異なり、門外不出の秘術とされていました。かつては容易に見ることができなかった芸能も漸く手軽に見ることができるようになりました。
ムアゾイオヌックの専用劇場として、ホーチミンにロン・ヴァン水上人形劇場が設立されました。市内でも人気の観光スポットが集中する1区のグエンティーミンカイ通りとチュンディン通りの交差点に建っています。チケットを購入してホールの中に入ると、正面のステージには泥を含んだ褐色の水が、静かな水平面を作っています。プールの左右に伝統的な衣装を身につけた演奏家が現れ、民族楽器の演奏が始まると人形劇の開始です。
公演プログラムは、ヴェトナムに伝わる民話、伝説をモチーフとした10あまりの短編の寸劇が展開する構成です。前半には水田での田植えの風景が再現されます。水牛が土を耕した後に農夫が苗を植えていきます。水の中を動き回る人形の動きはとてもリアルで、ステージは牧歌的な農村の風景に様変わりします。
続いて演じられる、魚釣りやボートレースの様子は、農民の豊作への願いに加えて農作業の合間の娯楽をコミカルに移し出しています。人形の動きによって立つ水しぶきが、舞台に躍動感とスピード感を与えます。豊かな実りに恵まれれば、王族の凱旋パレードはきっと華やかなものになったことでしょう。
終盤を盛り上げるのは仙女の舞いです。鮮やかに彩られた人形が水しぶきを上げながら前後左右に小刻みに動きます。ユーモラスな人形の動きに微笑まずにはおれません。
人形を操って細やかな人間や動物の動きを表現する人形師は舞台の背景の裏、客席からは見えないところにいます。腰まで水に浸かりながら、3メートの長さの竹棒の先につけた人形を自由自在に操っているのです。熟練の技はごく限られた人しか学ぶことができないようです。
公演が終了するとステージの背景を潜って、演者が水中から顔を出します。1時間足らずのプログラムは数人の人形使いのチームワークで演じられていたことに、最後に気づくことになります。
【データ】
ロン・ヴァン水上人形劇場
住所:55B Nguyen Thi Minh Khai Dist,1,HCM City
電話番号:84-3930-2196
入場料:15万ドン(2014年9月現在)