日本でも世界でも新しく作られる商業施設は、頑丈なコンクリートで囲まれた建物となっています。立体構造にすれば土地を有効活用できる上に、買物客の移動距離を縮めることにもつながります。高層建築が標準化する以前は民家も商店も水平方向に広がっていたものです。
カンボジアの首都プノンペンでも新しい建物が続々と建設され、景観の近代化が進んでいます。生活習慣も大きく変化してはいますが、約1世紀前に創設されたオールド・マーケットが、変わらぬ姿で賑わっています。
プノンペンはトンレサップ川の水の恵みを受けつつ発展してきました。東南アジアでは最大のトンレサップ湖とメコン川を繋ぐ川は、高低差の小さなメコンデルタを流れるため雨季と乾季で流れが逆になるという珍しい現象を産み出しています。穏やかな流れに浮かぶように漁船やクルージング船が往来しています。
トンレサップ川のクルージング船の乗場から西に約200メートルの位置にオールド・マーケットのプサー・チャーがあります。プサー・チャーはクメール語で古い市場を意味します。開設時期は定かではありませんが、1922年に発行された地図上に記載されています。プノンペンで最も早くから開発が進んだドンペン地区の中心部に、生活に必要な品物を全て集めたマーケットができあがったのです。
市場は南北約70メートル、東西は北端約70メートル、南端約90メートルの台形を描くように広がっています。このエリアの北西部には野菜、肉類、魚介類などの生鮮食料品を売る店がひしめきあっています。店舗は全て雨や陽射しを避けるためのテントを張っただけの露店です。電気が通っていないので、照明や冷蔵庫などの設備は全くありません。
食材は収穫されたばかりの状態でザルや、むしろ、バケツ、手製の台に置かれています。冷蔵によって鮮度を保つことができないため、新鮮なものしかに持ち込むことはできません。きっと、周辺の田畑やメコン川、トンレサップ川から産地直送されてきたものばかりなのでしょう。見栄えを気にすることなく、自然の恵みそのもので市場の空間の全てを埋め尽くしているようです。店の中に収まりきらない品物は通路にも、はみ出しています。足元に注意して歩かないと大切な食材を踏んづけてしまいそうです。
商品を挟んでの会話は、時にヒートアップすることがあります。高く売りたい店の人と、安く買いたい買物客の体温がぶつかり合い、熱気が周囲に放出されるのです。それでなくとも熱帯に位置するカンボジアは一年中、厳しい陽射しが照りつけます。市場の中には太陽からの熱気と、人々の熱気が混然一体となって渦巻いているようです。
プノンペンに暮らす人々の豊かな表情に接しながらプサー・チャーを歩いていると、知らず知らずの内に身体の中にエネルギーが充填されてきます。