鶏を1羽丸ごと食べる。そんな豪快かつボリューミーな料理が韓国にはたくさんあります。今回は鶏天国の韓国において、食べ方を極めた地域の料理を紹介します。
少し韓国に詳しい方であれば、タッカンマリという料理をご存知でしょうか。直訳すると「鶏1羽」。そのものズバリのネーミングであり、調理法もタライのような鍋で水炊きにするだけとシンプルですが、食べてみると夢中になるほどの美味しさに驚きます。味の秘密はつけダレにあって、醤油、酢、マスタード、タデギ(唐辛子ペースト)の4種類を自分の好みで混ぜ合わせます。ピリ辛うま酸っぱいタレがぷりぷりの鶏肉と絶妙にマッチ。食べる人が自らハサミでチョキチョキとカットする食べ方も含め、イベント性にも満ちた料理です。
ひな鶏を丸ごと使ったサムゲタン(高麗人参とひな鶏のスープ)もだいぶ有名になりました。おなかの中にもち米や高麗人参、ナツメ、ニンニクなどを詰めて煮込んだ滋養強壮の一品。ほんのり薄めの塩味なので、五臓六腑にやさしく染み渡り、やがてスタミナとなって力がもりもりわいてきます。1人前につき1羽なのでそれなりのボリュームですが、店によってはハーフサイズのパンゲタンも用意されています。
丸鶏をそのまま揚げたトンダクも根強い人気を誇ります。最近でこそ衣をつけたフライドチキンの隆盛が目覚ましいですが、ひと昔前までの定番は素揚げのトンダクでした。パリッと香ばしい皮の食感が、冷えたビールとよく合うんですよね。むっちりとしたモモ肉にかじりついてもよし、ほっくり柔らかな胸肉を味わうもよし。ささみ、首肉、軟骨といった部位を発掘しながら、部位ごとの味を楽しむのもまたよしです。
さて、そんな丸鶏の話題をマクラとして持ってきたのには訳があります。舞台はいきなり変わって全羅南道の海南(ヘナム)。韓国の南西部に位置する海沿いの町ですが、海産物だけでなく地鶏料理でも有名な地域です。しかも鶏を丸ごと使いながら、これまでに紹介した料理とはまた違った切り口で楽しませてくれるのが魅力。紹介するお店は「元祖長寿トンダク」。先ほどの揚げ鶏もトンダクでしたが、直訳すると「丸鶏」という意味です。
ハングルのメニューには、「トジョンタク(地鶏)」とだけ書かれています。値段は5万ウォン(約5200円)で、これがだいたい3〜4人前程度。およそ3kgの地鶏1羽を2人で食べても、4人で食べても同じ金額という設定です。
で、どんな料理が出てくるかというと……。
いきなりゆで卵。
「いや、最初は突き出しとしてありがちなウズラの卵を出していたんですけどね。途中で地鶏の店なんだから、卵も地鶏であるべきだろうと思いまして、最初はゆで卵ということになったんです」
とは社長さんの弁。殻をむいて粗塩につけてモクモク食べていると……。
前菜として出てきたのが、砂肝の刺身と、骨を抜いた手羽中のたたき。いずれも生で食べるというところに衝撃を覚えますが、オープンから37〜8年という歴史ある店で、アタった人はこれまで誰もいないのだとか。ただ、不安な方はこの後に鉄板炒めが出てくるので、一緒に熱を通して食べるという手もありますね。
こちらがその鉄板炒めでチュムルロクと呼ばれます。よく揉み込むという意味ですが、ご覧の通りコチュジャンをベースにした真っ赤なタレが全体に絡んでいます。使われている部位はモモ肉を中心に、首まわりの肉や、鶏の足も含まれているとか。一緒に出てくるエノキダケなども加えて、アルミホイルを敷いた鉄板で炒め……。
熱が通ったらできあがり。食べてみると、肉だけでなくぷるぷるの皮だったり、コリコリの軟骨だったりと、いろんな味わいがあって飽きさせません。ピリ辛ながら甘こってりとした味わいは、タッカルビ(鶏肉の鉄板炒め)にも近いですね。興が乗ってきたら、卓上にあるキムチを放り込んで一緒に炒めても可。サンチュなどの葉野菜で包んで食べても美味しいです。
そして最後に登場するのはペクスク(茹で鶏)と、その煮汁で作った緑豆粥。ペクスクに使われるのは、ここまでに使われなかった胸肉などの部位と骨(鶏ガラ)ですね。そして、その煮汁でさえも余すことなく使用するので、まさに鶏を丸ごと味わう店だと言えましょう。茹で鶏はシンプルに塩で賞味。緑豆の風味が効いたお粥と一緒に食べても美味しいです。
以上が海南式の地鶏フルコース。1羽で胃袋がパンパンになりますので、海南まで行く機会がありましたら、ぜひ試してみてください。
<物件データ>
店名:元祖長寿トンダク(원조장수통닭)
住所:全羅南道海南郡海南邑高山路295(蓮洞里433-6)
住所:전라남도 해남군 해남읍 고산로 295(연동리 433-6)
電話:061-536-4410
八田 靖史
1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。2001年より執筆活動を開始し、最近は講演や、企業のアドバイザー、グルメツアーのプロデュースも行う。著書に『魅力探求!韓国料理』(小学館)、『八田靖史と韓国全土で味わう 絶品!ぶっちぎり108料理』(三五館)ほか多数。ウェブサイト「韓食生活」を運営。2015年より慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。