ナポリには観光名所がいっぱい。欲張って歩き回っていると疲れてしまいます。そんな時、疲れを癒して休憩をしながらも名所は押さえておきたい!そんな観光名所でもあり、街の憩いの場でもある老舗カフェをご紹介します。
カフェテリア・ガンブリヌス(Gambrinus)は、店内に足を踏み入れた途端にその格式高さと、歴史の重みを実感します。サンカルロ歌劇場の鼻の先、プレビシート広場に面して、王宮を望み、ハイソなキアイア通りの角っこにある気品漂うカフェ。
イタリア統一運動が起こり、ガリバルディが軍隊を率いてイタリア王国を建国した1860年頃にガンブリヌスは歴史の幕を明けます。最高品質のドルチェやジェラート、バリスタをヨーロッパから集めて、ガンブリヌスはあっという間にナポリ市民の社交場となります。その後経営が悪化した時もありましたが、芸術絵画のガレリアを兼ねたことにより、息を吹き返します。1890年に改装オープンして以来、このサロンは芸術家の社交場となり、数々の作品を生み出すこととなります。
中でも詩人ガブリエレ・ダヌンツィオがナポリを訪れた際、ガンブリヌスやサロンマルゲリータに通いながら滞在を数カ月にも延ばして詩を書いたことは有名な話。ダヌンツィオが友人の詩人フェルディナンド・ルッソに挑発されて、唯一ナポリ方言で残した詩が、その後歌曲王トスティによってとてもかわいいカンツォーネとなりました。(A’ vucchella)この時、ダヌンツォオはなんと大理石のテーブルの上に鉛筆で直接詩を書いたそうです。のちにナポリの誇るテノール、カルーゾによって録音が残されました。
また、ナポリの人たちに大変愛されているカンツォーネ「Voce ‘e notte」(夜の声)。
これは私も大好きな曲ですが、内容はとても悲しいものです。この曲はなんと詩人エドアルド・ニコラルディが、最愛の彼女との結婚が相手の両親の反対でだめになったその日にガンブリヌスに行って書いたものなのです。その後彼女は年老いたお金持ちと結婚させられます。歌詞の内容は、夜、新婚夫婦の住むアパートの下で、忘れられない彼女を思って歌う、というもの。その切々とした虚しさが胸を打つのは、あまりにリアルな状況で詩を書いたからなのでしょう。そして、ガンブリヌスの華やかさがそれを煽ったのかもしれません。しかし、最近読んだ本で知ったのですが、この話にはまだ続きがありました。彼女は若くして未亡人となり、エドアルドと再婚して8人の子供を授かることとなるのです。切ないカンツォーネは現実の世界ではハッピーエンドに終わるというわけ。この歌がますます好きになりました。
ガンブリヌスには、ナポリ国立音楽院で学んでいた偉大な作曲家や、サンカルロ劇場に足を運んでいた音楽家たちも頻繁に訪れています。
他の庶民的なカフェに比べると値段は高いですし、愛想もよくありません。それは彼らの誇りからくるもので、そのナポリらしからぬ冷たさが鼻につくという人もいますが、私は仕方ないことのようにも思えます。時々贅沢にサロンの大理石の机に置かれた気品高いエスプレッソを飲みながら、かつての芸術家たちが愛したこの風景と絵画の中で、特別感に酔いしれるのも悪くありません。むしろ、いい音楽をするためのおまじないのような気すらしてきます。
カフェを貸し切りにしてパーティーを開催することもできます。実は私はこの冬にこのガンブリヌスで結婚パーティーを行いました。
ナポリの古き良き時代の紳士淑女なエレガントさと、冬でもさんさんと降り注ぐ太陽の光を浴びて、ナポリ人の親戚や友人達の笑い声と音楽が響く店内。最高の一日となりました。
映画のロケ地としても何度も使われているこのカフェ。写真撮影をするだけでも絵になりますし、古き良きナポリを感じられると思います。
サンカルロ歌劇場でオペラを観る前にアペリティフとして訪れるのも素敵。
店名:ガンブリヌス(Gambrinus)
住所:Piazza Trieste E Trento, 80132 Napoli, イタリア
Tel:+39 081 417582
URL:http://grancaffegambrinus.com
営業時間:7:00〜2:00
ゆき
東京芸術大学大学院修了後イタリアに国費留学。ナポリ国立音楽院修了。2012年サンカルロ歌劇場主催オペラ「ラ・ボエーム」に出演。ゴッドファザー等の映画の影響で南イタリアをこよなく愛す。現在イタリア生活5年目。音楽業の傍ら、翻訳やバイヤーもこなす。治安が悪く、ゴミ問題やスリが跡を絶たないナポリの街をいかに安全に楽しむか、そして「ナポリを見て死ね」の言葉の深さを伝えたいです。