お風呂の語源にもなっているバースの街
こんにちは。今回は、湖水地方とはまったく異なる魅力を放つイギリスが誇る歴史的世界遺産「バースBATH」をご紹介しようと思います。バースは1987年に街全体がユネスコの世界遺産に指定されたイギリスを代表する観光地です。ツアーにも必ず入っていますが、最近、近くのコッツウォルズ人気に押され、「ローマン・バス」だけの見学で街は素通りというツアーが多く、ちょっと残念に思っています。
日本の熱い温泉よりも、ヨーロッパのぬるめの温泉に何時間もゆっくりつかるのが好きな私は、今までにもドイツ、ハンガリー、イタリアの温泉を体験してきました。ヨーロッパでは温泉のことをSPA(スパ)と呼びます。現代のアジアンリゾートにあるようなSPAも大好きですが、ヨーロッパの温泉には長い歴史があります。私が最初にバースに興味をもったのは20数年前、古代ローマ時代からの温泉保養地がイギリスにあると聞いたからでした。
ちなみに、英語のBATH(風呂)は、この町の名前BATHが語源になっています。お風呂の発音は「バス」ですが、街の名前として発音するときは「バース」とやや長くのばします。ドイツにもバーデン・バーデンという有名な温泉保養地があるのですが、訳すと「温泉温泉」という意味ですから、地名の語源って直接的で意外にシンプルですね。
さて、初めて訪れたときのバースは、想像していた温泉町のイメージを超えた町でした。私が草津温泉のような温泉町をイメージしていたからですけど、町中どこを探してもどこにも温泉はなく、あるのは、有名観光地になっている「ローマン・バス」と呼ばれる古代ローマ時代の温泉浴場跡だけ。
「温泉町なのに温泉がない!」というのが、最初にバースを訪れたときの私の不満でした(笑)。というのも、バースとほぼ同じ時期、18〜19世紀に上流階級の温泉保養地として栄えたドイツのバーデン・バーデンの方には、素晴らしい公衆浴場が2つもあり、ホテルの中には、部屋のバスルームの蛇口から温泉が出てくるところもあったからです。20数年前のバースには温泉の源泉はあったものの、温泉施設はなかったのです。
古代ローマ人が作ったローマン・バス
バースにある現代の温泉施設については、次回ご紹介することにして、バースの温泉町としての歴史をちょっと遡ってみたいと思います。バースの温泉としての歴史は約2000年前に遡りますが、温泉があったのはすでに紀元前5千年。中には紀元前8千年という説があります。今のバースの街並みは、18〜19世紀の栄華を現在に留める貴重な世界遺産としてユネスコに登録されていますが、この町が栄えるきっかけを作ったのは「温泉」です。
現在バースには3つの源泉があります。その一つ、キングズ・スプリングの源泉は、バース観光の目玉となっている「ローマン・バス」へ流れています。2つめの源泉、ヘトリング・スプリングは、2006年にオープンした天然温泉施設「サーメ・バース・スパ」のメインビル「ニュー・ロイヤル・バス」へ。そして、3つめの源泉、クロス・スプリングは、「サーメ・バース・スパ」の施設の一つ「クロス・バス」で利用されています。
「ローマン・バス」は、約2000年の歴史をもつ古代ローマ時代の浴場施設の遺跡で、現在は博物館になっていて、ツアーでも必ず訪れる観光スポット。温泉好きな古代ローマ人は、ここに温泉と娯楽施設を備えた巨大なスパコンプレックス(温泉複合施設)と神殿を建設しました。内部のキングズ・バスからは、今も46℃のお湯が1日110万6400リットル湧き出ています。
遺跡の中には、湧いている天然温泉の熱さをさますため、お湯を流す3つのプールや、マッサージルーム、床暖房、スチームバスルームを設置した跡が残っています。温泉のお湯を館内に無駄なく循環させるシステムが、すでに古代にあったことは驚きですよね。ゲーム場や賭博場(現在のカジノ)、商談用のミーティングルームといった付帯施設も完備するなど、現代と変わらない発想で建設された温泉施設だったこともわかっています。当時のローマ人の並々ならぬ温泉への執着と文化度がいかに高かったが垣間見える遺跡です。
残念なことに、この温泉好きで社交好きなローマ人がいなくなると、この浴場はあっというまに荒れ果ててしまいます。1090年にヴィルー ラ司教が病人の治療を目的に建設したキングズ・バスも、衛生面ではとてもおススメとはいえない状況だったとか。当時のイギリス人(ブリテン人)は温泉がカラダに良いことを知ってはいても、古代ローマ人のような温泉好きじゃなかったのかもしれません。温泉保養地としてジョージ王朝時代に華麗に復活するまでは、バースの温泉は廃れた状況だったと考えてよいと思います。
「ローマン・バス」の浴場跡が発見されたのは、1880年のことです。現在『ローマン・バス博物館』となっていますが、デコーダーによる日本語解説がありますので、館内を自由に歩き回れます。とにかくいつも観光客で混雑していますので、訪れるなら朝早くがおすすめです。
上流階級の人々の高級保養地として復活
今日のバースにはさまざまな歴史遺産があり、それだけでも行く価値があります。特にジョージ王朝時代(19世紀初頭)のエレガントな建物がそのまま残る街並みは見とれるくらいに美しく、「イギリスにこんな街があるの?」と驚かれると思います。
これらの素晴らしい見事な建築物は、天才建築家と讃えられていたジョン・ウッド親子による設計のものが多く、18〜19世紀に建てられたものです。バース・ストーンと呼ばれるハチミツ色の石をふんだんに使ったパラディオ様式の壮麗な建築物の中でも、「サーカス」と呼ばれる三層列柱のレリーフはローマ建築にインスピレーションを得て建てられた傑作です。
また、息子の方のジョン・ウッドの設計による三日月形の30軒の大邸宅「ロイヤル・クレッセント」は、保養に訪れる上流階級の人々の中でも名士といわれる人たちが住んだエリア。114本のイオニア式の柱で飾られた半楕円形のテラスと、クレッセントの下に広がる青々とした緑の芝生は、当時の上流階級の人々のお散歩コースだったそうです。今では上流も中流も関係なく、バースの人々や観光客の憩いの公園となっています。
ローマン・バス博物館の隣にある「パンプ・ルーム」も、ぜひ訪れて欲しい場所の一つです。1706年にバースの上流階級の人々が集まる社交場として建設され、今の建物は1791年〜1795年に建て変えられたものですが、現在もランチやアフタヌーンティー、ディナーが楽しめ、音楽会なども行っています。パンプ・ルームに残るキングズ・スプリングの飲泉は、鉱泉水を飲むのが流行した時代の名残りで、今でも温泉水を飲むことができますが、美味しいとは言えません。おすすめはアフタヌーンティー、もしくはランチですので、時間を合わせてぜひ予約して訪れてみてください。
そのほか、バースには、アンティークショップや衣装博物館、ジェーン・オースティン・センターなど、さまざまな観光スポットがあるのと同時に、可愛いティールームやおしゃれな店、美味しいレストランもたくさんあります。ロンドンからは列車で約1時間半の日帰り圏内ですが、できれば1泊してゆっくり過ごして欲しい街です。
■パンプ・ルーム
次回は、2006年に完成した現代の温泉施設「サーメ・バース・スパ」についてご紹介します。
木谷 朋子
『留学ジャーナル』の編集者を経て1989年より2年間イギリスへ留学。帰国後はイギリスを始め、ヨーロッパ各地やアジア、オーストラリアなど、世界各地を取材。海外の旅文化や最新の旅行情報、語学、留学をテーマに幅広い分野で執筆活動を続ける。イギリス関係の著書:『英語で楽しむピーターラビットの世界BOOK1、BOOK2』(ジャパンタイムズ)、『英国で一番美しい風景 湖水地方』(小学館)、『ロンドンと田舎町を訪ねるイギリス』(共著・トラベル・ジャーナル)、『イギリス留学』(共著・三修社)ほか。